しゅみは人間の分析です

いらんことばかり考えます

週報 2024/06/16 低血圧に悩み流れてない川を流す

6/8(土)

朝から友人がやってきてコーヒーを飲みながらおしゃべりをした。近所でラーメンを食べて解散。新幹線で東京へ帰っていった。

私は歯医者へ。細部が磨けてないというフィードバックを賜った。そこを歯医者でなんとかしてくれよ〜、とも思ったが細かいところを磨くためのブラシを買って帰った。

☕️☕️☕️

なんだかフラフラするなあ、と思ったらひどい低血圧だった。先日見かけた「頭痛の原因が低血圧で、塩が効く」という記事が脳裏にあって測ってみたら上が82だった。アレ?死人じゃん。やばいやばい。すぐに塩水を飲み横になった。

塩水とラーメンで92まであげられました

ふだんの血圧は90〜100くらい。慢性的な低血圧で朝は弱く疲れやすい。妻氏も低血圧なので食生活が原因であろう。心当たりはあって、大量の野菜を食べること。血圧はカリウムの摂取で下がり、カリウムは野菜に多いので食べまくると低血圧になるのだと思われる。
対策はナトリウム増やす作戦にした。血圧なんてナトリウムとカリウムのシーソーと水分摂取量で決まるので、塩飴を舐めて水を飲めばよろしい。もちろんスポーツドリンクでもよい。

世間では減塩減塩とうるさいのに、一人だけ増塩を考えていて変な状況だなと思った。

6/9(日)

低血圧と低気圧のダブルパンチでほとんどお布団だったが、午後にかけて体調が良くなっていった。外に出て本と食材を買ってくる。

今週の罪本

買ったのは料理本と小説とブルーバックス
料理本コーナーに土井善晴氏の新刊らしきものがあったが、パラパラめくってみたら趣味が合わなかった。趣味が合わないというのは日頃から作りたいと思える料理ではないということ。本質的には時間の感覚が合わないような気がする。じっくり時間をかけて皿数を増やす思想は土井氏が一汁一菜で打破したはずなのだが、それでも土井氏のレシピには昭和の主婦的料理に通じるゆったりした時間感覚がある。それは生きてきた時代とか、本人の性格によって変わってくるものだ。合わないものはどうしようもないのだろう。
せかせかしたくはないが時間がないものはどうしようもない。切りものは喜んでやるしちょっと炒めるくらいならいいが、ずっと火の前にいるのはめんどくさい。私がよく作る一汁一菜、カレー、パスタ、野菜スープは火入れで放置できるのが特徴なのだ。煮込みフェーズの間に休んだり別の作業ができる。
放置調理といえばヘルシオやホットクックが挙げられるが、試したうえでこれも合わないと判断した。調理家電は、できる料理のわりに洗い物が巨大すぎて逆に不便。調理は自動化するほど設備が巨大になっていくもので、狭い日本の家にそんなものを置いとくスペースはないのだ。自動化は皿洗いだけでよい。

そういう考えがあり、スープの本が気になり手に取った。季節の野菜を出汁にしてなんでもスープにしましょう、という主張の本で一本筋が通っていて良さそうだった。

🫒🫒🫒

村上さんのところ』という本を読んでいる。村上春樹のファン(村上主義者)からの質問に「そうなんですね、がんばってください」と塩対応するメール集。3万7千通ものお便りに対する473通のレスを収録した本。
この本のなかで村上春樹が「小説家には絵画タイプと音楽タイプがいて、絵画タイプは細部にこだわって美しい文章を書くがリズムが悪くなりやすい。一方で音楽タイプはリズムが良いが細部の展開が強引であることが多い」と自説をときながらメールを返していた。

私は明らかに音楽タイプだ。幼少期からピアノをやっていたし、今も130bpmの音楽しか聞かない。文章を書くときもリズムばかり気にしている。強引さにも心当たりがある。ある同僚には「ウッカリ読ませられてしまう」という評価をされた。たぶん細部が間違っているのだろう。絵画タイプの文章は合わない。千葉雅也がまさにそうだった。哲学書はおもしろいのでいけるかと思って小説を読んだら、音楽タイプにはまるで読めない文体だった。それくらい双方の思考様式には乖離があるようである。

村上春樹は「絵画タイプと音楽タイプの良いところを兼ね備えるのがよい」と締めくくっていた。そうだと思う。

6/10(月)

寝苦しい夜。京都の夜。ついに夏がやってきた。

まともに眠れず朝になり、回復しなかった身体を引きずって出社した。会議とコードレビューをしたらやる気が尽きて終わりになる。

🥭🥭🥭

12月から私を悩ませている頭痛も低血圧のせいだとわかった。頭が痛いときに計測すると見事に100を切っている。再現性は高いので間違いないだろう。
塩をとってもいいのだが、腎臓の仕事を増やすのも考えものだ。何か他に方法はないものかと思ってXのポストを検索したら、ふくらはぎを鍛えたり、高くあげたりすることで血圧を挙げられる、という情報が得られた。
ふくらはぎを鍛える方法はつま先立ち。何かとペンギン歩きをしながら生きていこうと思う。ぺんぺん🐧

6/11(火)

うっかり爆睡してしまい遅刻確定時間に起きる。弁当調理を放棄しパンを咥えて妻氏は出勤していった。幸い私は在宅勤務の日だった。

🍍🍍🍍

同僚とおしゃべりをしていて「建前の有害性」みたいな話になった。このブログでは何度か「納得感が大事な時代になっている」とか「納得感を与える説明能力が権力である」と書いてきた。建前が良くないのは、嘘をついているから。建前で騙せる人もいるかもしれないが、嘘を見抜く人もけっこう多い。もし建前で嘘をつくならば、その嘘には説得力と一貫性のある論理が必要になる。そこをちゃんとしてないことは多くて、論理をいい加減にして雑な建前を持ちだすのは有害だ、という話。

余談だが、自分に嘘をつくのも同じである。「ほんとうは感情的なのに雑な論理的説明をでっちあげる態度」にも何度か言及してきた。自分に嘘をつくのは意識的にやっているものではないかもしれないが、外から見たときに嘘をついているという点は揺るがない。感情的反応は顔や所作に出るからである。

🍍🍍🍍

ダンスミュージックのライブを見てると、野外の岩の上に電源とDJ機材を持ちこんで演奏していることがある。壮大な自然をドローンで空撮し、そのままMVにもしてしまう。あれって何が嬉しいのだろう?

6/12(水)

いつもより早起きしたらプランターへの水やり、家の片付けなどをしてから出社することができた。昨晩は謎の眠気の波に襲われてスコンと寝落ちしたのだが、毎日こうなったらどんなに良いことか。

🐦‍⬛🐦‍⬛🐦‍⬛

また仕事で小さなトラブルが起きて業務後に悩んでしまった。ぐるぐる考えてみたが答えが出ない。そのうち考えるのをやめた。
定時後の悩みは、たいてい答えが出ないものである。翌日喋ってみたら重く考えすぎていた、ということもしばしば。人の考えは喋ってみないとわからないし、同僚や自分のその日の気分の影響も受ける。翌日になったら気分が変わっていることもある。だから定時後に考えるのは無駄。結局「他人が何を考えているか、未来がどうなるかはわからないし、わからないならどうでもいいや」となった。

🐦‍⬛🐦‍⬛🐦‍⬛

「お仕事は川みたいなものだから放っておいても流れる」と書いたことがある。
問題は流れていない川があるとき。川が流れていれば放っておいてもいいのだが、流れていない川は流さないといけない。うまく川を流すのはエライ人とかプロジェクトマネージャーの仕事だが、ヒラのメンバーも流れてないことに気づき次第、流れるように介入をするのがよいだろう。今回私の仕事に起きた小さなトラブルは、その手の問題だった。「流れてますか?」という問い合わせ。「流れてなかったので流します」
流してしまえばあとは同僚らが勝手にやってくれる。少しの工夫で川は流れるのである。

色移りだわ〜!

6/13(木)

クタクタに疲れた。朝から晩まで労働していたがだんだん加速していき、午後八時くらいにはもうわけがわからなくなっていた。次々とバグとか不思議現象の報告がくるし、それが何種類か並列で走ってるのでたいへんだった。

🍆🍆🍆

疲れは足に溜まるらしい。デスクワークをしてると手と頭ばかり動かしていて、足が動かないので足に血が溜まるそうだ。重力の影響もある。足に集まった血はそのうち血管外に染み出してそのうちリンパとして回収されるが、そのぶん血管系の栄養とかミネラルは足りなくなるわけで、それが疲れとして感じられるようだ。
ということを知り、お風呂あがりにふくらはぎのマッサージをしてみた。足首から膝にかけて筋肉をぐねぐね揉みほぐしていく。下から上へ何回か。すると五回目くらいで頭に血が戻ってやる気が横溢してるのに気づいた。なんでもできる気分。すごいすごい。
身体の仕組みはシンプルだ。筋肉がすべてを解決するというミームもあながち嘘ではないのかもしれない。

🍆🍆🍆

村上春樹が他人の不機嫌について「でも自然現象だと思えばあきらめもつきます。がんばってくださいね。艱難辛苦があなたをタマにします。タマになって「にゃあにゃあ」ととぼけててください」と書いていた。
人間の内面なんか推しはかるものではない。にゃあにゃあ

ねずみの考えがわかりません!

6/14(金)

めちゃくちゃ疲れていたが大事なマイルストーンがあったので這って机にたどりつき労働をした(在宅)。しかしマイルストーンは達成できず締切延期の調整をした。せちがら〜

 

夜は中華を食べにいく。私は点心トマ卵担々麺だったが、妻氏は点心トマ卵点心点心だった。点心だけでおなかいっぱいにするのありかも。小籠包餃子祭り。テーブルに蒸し器が四段五段と積み重ねられていく。

🍬🍬🍬

non117.com

本だけでなく、お仕事とか人間関係も「内容とサービス」の双方が大事である。この記事、じつは一般的なことを書いていた。

きっかけは「アピールや表現とかしなくても内容だけ見て褒められたい」という趣旨のツイートを見たこと。そんなわけないだろ、と思って考えていたら、数年前にこの問題について答えを出していたのを思い出した。
サービスなしで評価される仕事もないことはないが、それは人間国宝とかリーナスのレベルの仕事だと思う。ふつうそこまで尖ってないので、内容だけで勝負するのは無理。というかリーナスですら態度をまともにせざるを得なかったし。

サービスをしたくないけど褒められたい、という人は利己的なわけだ。何人かそういう人を見てきたことはあるが、彼らは「サービスをしたら見返りとして評価・報酬があるべきだ」と考えているように見える。サービスをするのは確実に見返りがあるときだけで、サービスしたのに対価が貰えなかったら怒る。もちろんそれも生き方としてあるのだろうけど、おそらくその先にあるのは消耗だ。より大きな報酬を得るために個人の限界を超えたサービスが必要になってくる。まったく持続的でない。

私は取引的な考えで書いているのではない。第一に自分のために書いていて、その上で報酬ではなく、どれくらい広く伝わったかを気にしている。いろんな人に届くように平易になるよう気をつけること。そのために自分のできうる範囲でのサービスをする。ここに働いているのは取引ではなく贈与的な心性だと思う。あげちゃってもいいや、という気分。不思議なもので、無料であげたものから意外な反応が返ってくることもある。何が人の琴線に触れるかなんかわからないものなのだ。そうやって、自分を大事にしつつ暗闇に石を投げるのが報酬を得るための逆説的な近道だと思うのだけども。

リンク集

www.ciclinic.net

こわかったです

www.healthcare.omron.co.jp

改善したい

heatstroke.oshdb.jp

汗をかくと血圧が下がることを知った

cataas.com

ランダム猫画像API

togetter.com

こういう現象があるのを知るとIPS細胞を研究するのも納得がいく

www.4gamer.net

 Apple Storeで体験して良かったら買います

togetter.com

そこしか通せなかったとのこと

www.makemendokusai.com

ビオレUVを使ってます

anond.hatelabo.jp

シャカシャカ

週報 2024/06/09 オリジナリティより選ぶセンス

6/1(土)

風邪は喉痛から喉痒のフェーズへ。少しずつ良くなっているようだ。ただし咳がよく出る。

砥石の吸水も桶のなかでできる

原稿やインターネットをしたあと包丁研ぎ。昨日つくった砥石台の動作確認をしてみた。コンテナボックスに水を張り、板を渡したもの。板の上にゴムシートを置くとしっかり砥石が固定されて研ぎやすかった。包丁の表面が砥泥で曇ったらすぐに桶の水を使って洗えるのが便利。効率的な研ぎ環境ができて四、五本の包丁を研いでしまった。楽しい。

切れ味は過去最高となった。TOGITOGIというチャンネルの思想どおりに包丁の横のふくらみを削ったら人参もキャベツの芯も豆腐みたいに切れる包丁ができてしまった。やや危なくて使うときに緊張感があるのが課題。でも包丁を扱う姿勢はそれでいいのかもしれない。どうせ切れないでしょ、と思っていると怪我をしやすい。

🥝🥝🥝

夜はヨドバシへ行きSwitch Botのロボット掃除機を買った。店員さんの話によると、昨今のiRobot社は競争に負けつつあり高価格帯の製品に絞ってきているらしい。しかも値引きができない契約の固定価格の売り方をするのだとか。そういえばiRobot社はAmazonによる買収が叶わなかったとかいう理由でレイオフもしていた。業績も赤字である。凋落し始めているようだ。どの業界でもそうだが、十年くらい経つと環境が変わることがある。のんびりしてたら勝手にまわりが変化するのだ。こわいこわい。

6/2(日)

朝起きたら私の主催するXのコミュニティがスパムの群れに襲われていた。

コミュニティの名前は「ひらがな」でルールは「ひらがなのみでつぶやくこと」だけ。そんな変なコミュニティなのだがもう何年も人が居ついている。ひらがなで、意味があったりなかったりする単語をつぶやくコミュニティである。平和で、ただひらがなだけが流れてくる。お気に入りの村だった。それが突然100匹の裏垢女子スパムに襲われたのだ。
深夜のうちにモデレーターの人たちがスパム投稿を削除してくれたが、私が起きて設定変更し、ゾンビたちを締め出すまでは根本対処ができなかった。
今やオープンインターネットに安住の地はないことを思い知らされた一件だった。

⛏⛏⛏

午前に起きたものの低調で捗らず。昼にはザワークラウトの入った瓶が割れる事故も起きて、継代培養していて乳酸菌が失われた。失意の昼寝をしたら夜までまともに食べない一日になってしまう。食欲もやる気も出ず、時間が過ぎるのをぼーっと眺めるだけ。
さすがにやばいな、となって賞味期限切れのカロリーメイトを食べたら復活した。

6/3(月)

早朝の地震警告アラートから始まった。「今から揺れるぞ」と警報音が鳴り響いたが揺れがわからなかった。京都は震度1だったらしい。ねずみたちの安全を確認して寝直した。

チャリ通勤をしていつものように会議とレビューとレビュー打ち返しをしたら一日が終わった。わりと仕事は順調。

🆙🆙🆙

コードレビューをしていたら、pull requestにも登場人物一覧が必要なのに気づいた。その変更差分のなかに、どんな関数があってどんな呼び出し関係になっているかを概説するもの。レビュー依頼をした人が書いてもいいが、今のコード解析技術なら自動生成できるのではなかろうか。

🆙🆙🆙

サドルは1cm単位で調整するもののようだ。ほんの少し高さを変えるだけで漕ぎ心地が変わる。たしかプロのレーサーもそういう調整をすると聞いたことがある。
同様に、歩き方とか姿勢も数センチや数ミリの調整で感じが変わることがある。靴でわかりやすいのはヒールの有無とか。客観的には数ミリしかないような微妙な違いが癖になり、肩こりや首の痛みを作っているのである。

さいきん意識してるのは胸椎を垂直に立てること。姿勢を良くするのに首とか肩の筋肉を細かく動かすのは間違っていて、より大きな骨の位置を調整するのが大事なのだ。おおもとの骨が正しい位置にあると、他のパーツは勝手についてくる。

6/4(火)

いつもの朝支度をしてたら突然ガラス瓶が割れた。

ガラスは強度で負けると突然割れるもの

このガラス瓶にはペティナイフとピーリングナイフを立てていた。刃を下にして立てていたら、いつの間にかダメージが入っていたらしい。音も立てず、破片も出さずに綺麗に割れてしまっておもしろかった。研ぎすぎである。

💥💥💥

アポポンタスという言葉にハマる。いや元ネタはポカホンタスだったか。ポカホンタスの存在は知らなかったが『騎士団長殺し』に出てきて知った。おもしろい響きだ。

💥💥💥

騎士団長殺し』が『グレート・ギャッツビー』の翻案であることに気づいた。平たく言うとパクりである。「主人公が引っ越してきたら隣の家の富豪がやけに親しくしてくる。いろいろ話を聞いてみたら真の目的があって協力を迫られる」という筋が同じ。
パクりではあるが『騎士団長殺し』はちゃんとおもしろくて、村上春樹らしい小説になっている。元ネタのフィッツ・ジェラルドとはまったく違っていて人物描写、展開、言葉の選び方、などの筋以外のすべてが別物だ。
村上春樹のレベルで翻案をしてるのなら、創作一般においてパクリパクられは当たり前にやって良いし、実際にやっていることなのだろう。アニメも漫画もオマージュだらけ。そのパクりの程度がどれくらいわかりやすいか、という違いでしかない。

創作をやる人はよく「アイデアのオリジナリティ」を求めるが、そこは大事ではないのではないか。上述のとおり筋は古典の翻案や「王道」になることがあり、それでもおもしろいものはおもしろい。じゃあ細部はどうなのかというと、細部も翻案やパクりの寄せ集めである。作者の経験してきた現実の出来事、読んできた小説、観てきた映画のカットを集めて再構成したのが作品である。素材とか筋、構造だけをつぶさに比較したらオリジナルの要素、新規なものはほとんどないだろう。重要なのは素材が新規であるかではなく、どんな素材を選んでどう並べるか、である。漫然と素材を選んではならない。言葉、線、音は一つ一つ吟味して置いていく。そうやって選ぶセンスを磨いていった先に人の記憶に残る作品があるのだ。

6/5(水)

通勤中、エビフライのぬいぐるみをつけたリュックサックを見かけた。ベージュの衣の先っちょに紅い尻尾が生えていてかわいらしい。うちにも🍤ぬいが欲しくなった。でっかいのがいい。

エビのきもち

仕事は一人で炎上していた。急にタスクが増えてしまい一個ずつ倒していたら深夜残業手前になってしまった。

🐸🐸🐸

長時間集中すると頭から血が降りなくなる。仕事の考えごとが脳裏にこびりついてリラックスできない。さいきんこの問題に悩まされていたのだが、立つことで解決できるのに気づいた。物理的に血が集まっているのだから重力で降ろせばいいのである。シンプル。
手回し式のスタンディングデスクを使ってるので高さを上げることにした。ずっと立っていると疲れるのでたまに座るが、基本的には立って生活しようと思う。健康にも頭のリラックスにも立っているほうがいい。

6/6(木)

朝から頭がシャカシャカしていた。というのも昨晩の仕事でレビューのやりとりが中途半端だったから。同僚に「ここの設計がなんとなく変だと思う」というようなことを言われて「変じゃないもん!どう変なのか説明しろや〜こっちはちゃんと三つくらい理由があるんやぞ〜」と思いながら通勤し朝からレスバをした。結果、私の設計で良いことになったのだが、深遠な考えがあるなら最初からそれを説明すべきだったな、と反省する。深く考えているのはレビュー依頼をする当事者だけであって、レビューするほうはすぐに深い理解にならないのだ。これは一般的な話で、何であってもそう。どれだけたくさん考えていても伝えないとわかんない。勝手に一人で考えすぎてドツボにハマること、そういう人はたくさんいる。

🫘🫘🫘

そういうのを溜めこみと呼ぶが、溜めこむのはどういうケースがあるだろうか。

  • タイミングが悪くて伝えられない場合
  • まわりの人から圧力がかかっている場合
  • 自信がない場合
  • 言語化できない場合

今回のレビューのケースはタイミングが悪かったパターン。レビューの濃いやりとりが夜とか土日を跨ぐような状況を作ってはいけない。仕事はキリのいいところで終わらせること。
自信がない場合、圧力がかかっている場合は日記帳になら書ける。言語化した時点でスンと落ちつくこともあるから、これらのケースはなんとかガス抜きができる。できれば一度秘密のメモ帳に書いて整理したあと、信頼できる人に愚痴って共感してもらうと良いだろう。愚痴は整理されてたほうが聞く方も楽だ。うまくいけばまわりの環境を変えるように働きかけられるかもしれない。
問題は言語化できない場合。言われたら「それが言いたかったの」となるが、自分では説明できないケース。残念ながらこのケースの処方箋は私にはわからない。いっぱい練習するしか無いような気はするのだが。

🫘🫘🫘

『騎士団帳殺し1の下』を読み終わった。相変わらずおもしろい。村上春樹すごいな〜。

6/7(金)

もう夏じゃん。日傘をさしてヨボヨボ通勤した。疲れてるので自転車ではない。
一週間ほど追ってるバグを退治した。意味がわからんバグだなと思ったら深いところ、靴箱の一番上の段みたいなところに原因がいた。仕様上どうしようもないバグで半分見ないふりをしながら直した。

🐛🐛🐛

昨晩からおいしいものを食べたい気持ちが高まっている。平日はいつもの一汁一菜の予定だったが変更し、パスタと野菜スープと魚にした。魚は買っておいたのでメニューの雰囲気に合わなくても焼いて食べるしかなかった。
パスタソースはトマトと玉ねぎがあれば満足できる。刻んでよく煮込み、ベランダバジルを千切ってきて麺とともに和えた。材料の数を絞って素朴に作ると品のいい味がして満足できる。さいきんラーメンや焼肉、中華よりもイタリアンとかフレンチのほうが好きかもしれない。おいしいもの食べたいゲージは無事に下がっていった。

細かく刻んで炒めて和えるだけ

リンク集

kjshintani.com

参考になるけど、こわい...

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林さんて鳩好きですよね。私も鳩は好きです。

karino2.github.io

そうだぞ

note.com

ameblo.jp

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youtu.be

週報 2024/06/02 たちの悪い風邪

5/25(土)

引きこもって過ごす。レヴュー・スタァライトというアニメの劇場版が無料公開されていた。かねてより知人・同僚らがハマっていたので少し観てみたのだが、残念ながら映像のテンポが合わなかった。アファンタジアゆえに映像(絵と音)をじっくり堪能することがないので、ゆっくりしたリズムのものは合わないのだと思う*1
諦めて料理動画を観る。味覇ペペロンチーノの動画に影響されてふつうのペペロンチーノを作った。

🐢🐢🐢

久しぶりの包丁研ぎ。一度失敗してやり直した。原因は刃角度(砥石に対する刃を当てる角度)の設定ミスと砥石の面直し不足。荒砥石が摩耗しやすいのを知らなくて何も考えずに使っていたらベコベコになっていた。平面を出してから研ぐと三倍速くらいになり驚く。

真ん中が凹んでいる

一日中包丁を研ぐようなプロの研ぎ師は(両刃包丁ならば)面直しをしない*2。砥石の状態を見ながら盛りあがったところで研ぐなどして、砥石の平面を維持するらしい。人間の指と目は意外と簡単に平面かどうかを見抜く。指先は数ミクロンの厚みを検知できるので、平面性を検知するくらい訳もなくできるのだろう。

🐢🐢🐢

我が家のモルモット氏が誕生日だった。特に祝う習慣はなかったが偶然気づいて寿いだ。体重が減ってきておりそろそろ天に召されそうなのだが、それでも健気に食べて出しているのがえらい。

もるさま(7歳)

5/26(日)

腰が痛かったのでマットレスを交換した。古くなったウレタンのマットレスが湿気で劣化し、私の腰を破壊し始めたのだ。QOLは地に落ち、寝るだけで腰が痛くなる。眠りも浅い。土日に長く寝ると腰に嫌な痛みが残る。耐えられない!
新品のマットレスは大地に寝転んでいるかのような安定感が感じられた。なのに柔らかさもあり気持ちがよい。筋肉がニュートラルの位置に戻っていく感覚を堪能していたら程なくして寝落ちしてしまった。二度寝して正午に起きる。

💰💰💰

あとは家の掃除と料理、読書。村上春樹の『騎士団長殺し』を楽しく読んでいる。短編は合わなかったが長篇は楽しめそう。文体もテンポも合うし、話も冒頭からおもしろい。この小説は文庫四冊に分冊されているので、第二巻と第三巻も買ってきた。長い本は読むのが大変だが、自分にあった小説ならばいくらでも長くて良い。むしろ終わらないでほしい。

💰💰💰

土日は日本式のカレーを作り二日かけて食べていた。最後にカレーをビリヤニ化(タイ米を乗せて蒸すだけ)してみたらビリヤニではなくドライカレーになってしまった。これはこれでおいしいけど何か違う。ビリヤニのレシピ本によると、レトルトカレービリヤニを作れるそうだが、ビリヤニらしくするにはレトルトカレーの種類を厳選する必要があるようだ。ドライカレーもそれはそれでおいしいけども、やっぱりビリヤニがいい。

ビリヤニとドライカレーの違いは何なのか

5/27(月)

風邪を引いて一回休み。昨晩寝る前から喉が痛く、嫌な予感はしていた。起きてみると水を呑むのも痛むくらいに風邪が進化している。熱はないものの免疫が活発な感じがする。頭がぼーっとしていて使いものにならない。病欠の連絡をし、熱いお茶を飲んで寝た。

♨️♨️♨️

一日中不調で読書も捗らない。仕方ないのでたくさん動画を見た。主に包丁研ぎと料理系。
とにかく頭が使えないのがつらい。もう五年は風邪をひいてなかった(結局コロナもかかってない)のに、ついにやってしまった。心当たりはないしコロナっぽい感じもしないので、ただあったかくして治すしかないのだろう。

♨️♨️♨️

夜になると微熱が。免疫は勝てるのか。つづく。

5/28(火)

相変わらず調子が悪い。一日中微熱と倦怠感、たまに頭痛。
インターネット調べによると高熱の出ないコロナもあるらしい。一応検査することにした。ネットで近所のクリニックを予約し、鼻に綿棒を突っ込まれる。涙が出る痛さ。コロナインフルのダブル検査にしなけりゃよかった。
結果は陰性。コロナもインフルでもない謎の風邪だった。

🧅🧅🧅

陰性だったがお薬はもらえた。抗生剤、喉の炎症止めるくん、咳を止める漢方くん。後ろの二つはいいのだが、抗生剤が気になる。抗生剤は腸内細菌にも作用するためお腹が緩くなるし、抗生剤の濫用には耐性菌の問題があったはずだ。何より風邪はたいていウイルスのはず。ウイルスは生物ではない。
インターネット叡智によると、抗生剤を出すのは「風邪で弱ったところで別の菌にやられるのを防ぐ」意図があるようだった。そして「途中で飲むのをやめると、むしろ耐性菌リスクが高まる」ということもわかった。つまり菌を殺しきることで耐性菌リスクを抑えつつ、日和見感染を防いでいるようだ。
飲むべきだと判断した。お腹はビオフェルミンとかヨーグルトで守るとして。

二人乗りは禁止です

5/29(水)

在宅勤務で社会復帰。二日ほどお仕事の流れから取り残されてやや不安だったが、思ったよりも進んでいなくて安心した。そういえば育休から復帰してきた人が「なにも進んでなくて安心した」と言っていたことがある。
仕事ができるとはいえ本調子ではない。Slackログを読んでレビューをしたら頭がぼや〜っとしてきて、あとはただ座っているだけの人になった。やっぱりダメ。定時ぴったりに退勤した。

🍍🍍🍍

騎士団長殺し』の第一部上巻を読み終わった。文句なしにおもしろく、隙がない物語だった。私は本を読んでいて引っかかりがあるとメモをするのだが、まったくメモすべきことがなかった。読みにくさもないし、納得しかねる筋もない。没入感も申し分ない。
いや、一つ問題があった。村上春樹の性癖だと思うのだが、噂どおり、妙に性的な描写が多いのだ。しかも描写が具体的でそこまで詳しく書く必要があるのかよくわからない。これには閉口した。

5/30(木)

ちょうどよく鍼の予約があり定時後に直行。風邪の処置をしてもらう。風邪はもともと漢方・中医学の用語だし、風邪の本質は冷えである。
診てもらうと、足も内臓も冷えまくっていて(かなり)良くない状態だった。たくさん鍼とお灸をされ元気をもらう。
でも安心してはならない。風邪は治りかけが危険で油断をすると長引く。身体を冷やさぬように養生する。

🍨🍨🍨

好きな作家について考えてみた。以下の特徴を備えている人。上に行くほど重要な要件になる。

  • 感情的ではない
  • 素直で率直である
  • 毎日淡々と何かを書いている
  • 文章のリズムが早め

これを満たす人がけっこう少ない。有名な物書きで気に入っている人を挙げると村上春樹養老孟司永井均になる。養老孟司はさいきん魂の入ったものを書いてくれてないが、若い頃の作品には光るものがある。ほかの二人はもう七十を超えているが精力的に活動している。
懸念は三人とも十五年経ったら死んでそうなところ。未来のことはわからないので自分が死なない保証はないのだが、これら三人のお気に入り作家が死んでいる可能性のほうが高い。養老孟司がいちばんやばい。もう九十近い。
お気に入り物書きが死んじゃうと悲しいし趣味が減っちゃうので開拓したい。感情が無で素直な物書き、どっかに転がってないものかしら。

5/31(金)

ついに出社業務。鍼でパワーを授かったおかげで外出できる体調ではあった。それに在宅勤務の権利は尽きている。仕事は溜まっていたので渋々出社してプログラミングに勤しんだ。幸い会議がほとんどなくて席でウネウネしてたら終わった。ちゃんと仕事も進んだ。

🦎🦎🦎

帰りに寄り道をしてたら雨に降られた。傘を持っていなくて家に帰れない。ヤフーの天気予報アプリによると、あと三十分で小降りになるとのこと。金曜日の夜とリラックスした気分なのもあって傘を買わずに雨宿りすることにした。スマホでできる日課を片付ける。
ところが、暇人だと思われたのかフランス人観光客に道を聞かれてしまった。いまブルアカの総力戦の途中なんだけど。手が離せないのだけども。フランス人マダムはスマホを見せてきて「この建物はどこか」と聞く。なにこれ。地図じゃなくて写真?あーあれか。あの角を左じゃ。「どのくらい?」とさらに質問。聴き取れなかった。あっ時間のことか。五分くらいじゃよ。「メルシー」と言われて解放された。やれやれ。あ、総力戦死んじゃった……。

これ以上道を訊かれたらたまらないので雨に濡れながら家に帰った。風邪なのに。

🦎🦎🦎

包丁趣味高じすぎ

研ぎ台と桶を作った。研ぎ趣味の問題は砥泥の処理。荒砥石を使ってしっかり削ると泥が出てきて台所の排水管に詰まってしまう。このまま研ぎ続けるといくらパイプユニッシュがあっても足りない。研ぎ師YouTuberを真似して研ぎ桶を作ることにした。

材料はコンテナケースと板切れ。業務用のコンテナケースに水を張って砥石をつけておく。ケースに板を渡して固定し、ここに砥石を乗せて包丁を擦りつける。出てきた泥はケースの中に落とす。

久しぶりに木工をしておもしろかった。ノコギリで木を切りやすりがけして、木片に穴を開ける。インパクトドライバの電池が切れていて、五分充電しては穴を開けるという横着をした。一時間ほどで下駄みたいな形の研ぎ台ができた。土日に使ってみる。

構造は下駄です

 リンク集

hamonotogiya.blog75.fc2.com

築地のマグロ包丁を研ぐのがかっこいい 

dailyportalz.jp

住さんの走馬灯

www3.nhk.or.jp

京都の小路は平和になるのか(ならんと思う)

note.com

小泉悠の怪文書

www.youtube.com

この研ぎ師が信頼できます 

www.youtube.com

トマトパスタ

www.youtube.com

大工動画

www.youtube.com

キョンはうまい

*1:映像作品はリズムとお話の筋だけを食べてる

*2:片刃の包丁は裏の平面性が命なので砥石を平面にする

このごろ「xxハラ」という言葉が増えているが「xx」に入る概念がどんどん弱くなっているのが気になる。セクハラ、パワハラアカハラの古くからある御三家に比べるとハラスメントの意味、攻撃力に釣り合うほどのものとは思われない。もっと攻撃力が中くらいの、別の語を当てたほうが適切だ。むろん「xx」によって糾弾者が不快になったのも事実であろうからその報告を止めるものではない。

週報 2024/05/26 あえてのんびりやる

5/18(土)

近所で買ってきたパンを食べて二度寝。よい午睡だった。土曜日の昼寝ほど気持ちのよいものはない。京都市民の模範的休日。

☕️☕️☕️

ちょっと用事があってApple Store京都へ。例のごとく、店員との義務雑談をする。iPadを買っていたので感想を聞かれる。
iPadのほうがPCより集中できることがあるんですよ。アプリがシングルタスク前提に作られてるからだと思うんですが」
「へーおもしろいですね!気づきをくださってありがとうございます」

という会話があった。「気づき」というキーワードを実際に使う人に出会ってびっくりした。

☕️☕️☕️

『世界は時間でできている』を読んだ。
ベルクソンの時間哲学を解釈する本。テーマは心の哲学。意識、記憶、心がどうなっているのかを考える哲学分野だ。ベルクソンは百年前の哲学者にも関わらず、時間および精神のモデルについて斬新なアイデアを提出していた。それが現代において再評価されつつある、という背景がある本。
ざっくりまとめると「生物は感覚入力に対する運動出力を遅延させることで複雑な行動を取れるように進化してきた。その遅延の幅を最大にしたものが人類である。遅延させる途中で情報を溜めていると、自然に意識や記憶が発生する」という内容だった。
著者の主張するモデルがけっこう合理的で、ソフトウェアエンジニアとしては納得のいくデータ構造だと思った。

5/19(日)

一日雨。朝から晩にかけて気圧が下がっていき、頭と腰が痛んだ。ぐーぐる調べによると気象病で腰が痛むことはあるらしい。まったく作用機序がわからなくて不思議だが、事実として腰は痛い。イブプロフェンを飲み風呂に入ってなんとかした。

🛎🛎🛎

そこそこ調理をがんばる。ミートソースパスタとビリヤニ。どちらもぶんぶんチョッパーが活躍した。ぶんぶんチョッパーは買ってから棚の肥やしになっていたが、なんとなく引っ張り出してきて使ってみたら便利だった。再評価の流れに入る。いくつかチョッパー的な台所道具は持っているのだが、千円足らずのぶんぶんチョッパーがいちばん性能がいい。繊維を潰しすぎず、ほどよい大きさに刻むのにこれ以上の道具はないかもしれない。

パスタ・製麺ビリヤニ

🛎🛎🛎

暇になって Safariのブックマーク整理をしていた。よっぽどの暇である。
Safariには古代のテキストサイトのブックマークが残っていた。 Safariをメインで使っていた時期はあまりないので、なぜ入っているのか自分でもわからない。Macを手に入れたときにSafariが起動し、Chromeのブックマークを吸い込んだのではないか。思いがけぬ形で化石が残っていて驚いた。

ブックマークを一つ一つチェックする。棚卸しだ。jQueryの書き方、2chのまとめ、雑学系サイト。そのほとんどがリンク切れあるいはドメインごと消滅しているサイトだった。接続できたサイトも八割がた廃墟。生き残っているものはほとんどいなかった。

今でも更新されていたサイトに、駄文にゅうすというものがあった。リンク集のサイトで、日記的にその日おもしろく思った記事へのリンク集が貼られている。年季の入ったサイトなので中の人はけっこうな歳じゃないだろうか。そういえばDPZも今年の一月に「今こそリンク集」という特集をやっていた。今やSNSにリンクが垂れ流されてニュース供給には事欠かないけれども、どこか多様性に欠けるところがある。話題になる記事の傾向が偏っているのだろう。その反面、リンク集は内容がいろいろだ。RSSリーダーに登録してこのサイトをウォッチすることにした。

今やテキストサイトやリンク集は古びて忘れ去られたコンテンツだが、SNS全盛の現代でも何か光るものがあった。中の人が意思と興味を持って、リンクだけを集めるのがポイントなのかもしれない。

5/20(月)

早起きして弁当を作る。支度をしながら仕事のことを考えていたらなんだか嫌な予感がした。
出社してみると予想が当たり、一日中コードレビューをすることに。同僚がワーカーホリックで、休日に労働しては大量のレビュー依頼を投げてくるのだ。いくつか放置しても良かったはずなのだが、真面目に受けとって全部見てしまった。そのせいで自分の作業がまったくできず、不満が残った。
別に今日中に見るべき、ということもないので自制して放置しないといけない。自分のペースを守る働きかたができないとまずい。

🍘🍘🍘

あまりに疲れたので中華に駆け込む。小籠包を大量に注文。

MITM(メンダコ・イン・ザ・ミドル)

5/21(火)

通勤で自転車を漕ぎながらぷりぷり怒っていた。昨日のレビューの件。土日に働いてこっちの仕事を増やすなんてズルい!という気持ちがあったのだが、自転車を漕いでいると次第に視点が変わってきた。人の労働に口を出してもしょうがないし、自分の捉え方、対応方法の変更でどうにでもなる、という予感があった。
「私はペースを乱されるのがストレスになる」という言語化が出てきた。ここ数ヶ月、チーム全体が忙しかったのもあって、レビューがあれば最優先で見るようにしていた。締め切り前の雰囲気に当てられて無理に自分をせかせかさせてたところがある。そうやって無意識に埋め込まれたせかせかモジュールが同僚の大量レビュー依頼で発動し、結果的に自分のペースが乱されて怒った。しかし真の原因は自分の中の自動化された癖だった。
このことに気づいたらとても楽になった。本来は自分のペースでだらだら進めるのが好きなのに、無理に合わせる癖を身につけていくうちに茹でガエルになっていたようだ。

🌀🌀🌀

夜に月一の社交ダンスレッスンを受ける。談笑しながら先生に見てもらいながら踊り、テーマを決めてフォームや動きを直される。今日はホールドの大事なコツを教えられて身につけることができた。正しくパートナーと組むと腹筋がガチガチに絞められる。たった1分踊っただけでへとへとになるくらい筋肉を使えるようになった。

ほんとうは自炊をしたかったのだけども、疲労と空腹により外食にした。イタリアンにする。
家に帰って消費期限が切れそうな魚の処置。これまで消費期限を無視して食べていたのだが、今回は期限切れの魚が多かったのでピチットシートを使って干物にしてみた。塩をかけて脱水シートで包むだけ。これでしばらくもつ。魚は毎日食べたいものだが、たまにうまく自炊が遂行されないことがある。そういうときは脱水シートで包めばいいようである。たぶん肉も同じことができるはず。干し肉、干物はうまいからこれでよい。

塩をしてピチットシートで包むと一夜干しになりたいへん美味である

 5/22(水)

オフィスの袖机に置いておいたルービックキューブが勝手に揃えられていた。このあたりの席では私と上司の二人しか揃えられないはず。誰が揃えたのかわからなくて不気味だった。

🍠🍠🍠

自家製麺したうどんを食べたらおいしかった。私はうどんアンチだったはずなのだが、素麺党のアイデンティティが揺らいでいる。
でも外で食べるうどん、茹でうどんや乾麺のうどんだとおいしく感じられないので、自家製麺に何か秘密があるらしい。それが何なのかはわからない。

🍠🍠🍠

もう関西に来て15年になるので故郷の方言はほとんど捨ててしまった。残っているのは「たう」だけだと思っていたのだが「はぶてる」も方言であることに気づいた。「たう」とは届くという意味。「たう?」「たわない」というふうに手が届かないことを表現する。「はぶてる」は不貞腐れるという意味。短くて言いやすいので方言とは気づかずに使い続けていた。たまに妻氏に通じてなくて、ようやく方言であるのに気づく。他にも「すねる」「いじける」「むつける(仙台方言)」などがあるらしいが、どれもピンと来ない。今後もはぶてるを使い続ける気がする。

5/23(木)

起きたら9時前。まさかの寝坊だ。でも慌てない。朝食を抜き弁当づくりを放棄したら間に合う。ごはんは会社に着いてからなんか食べる。と、呑気に構えて支度しいつもどおりチャリで出勤した。

🎁🎁🎁

気候が良いのもあって、さいきん自転車移動を気にいっている。キコキコ漕ぎながら考えごとをして、何か思いついたら停車してメモをする。頭の整理をするのに良いらしい。考えごとの整理といえば散歩でもいいが、とにかく動きながらぼーっとするのが大事だ。私の通勤手段は公共交通と自転車を使い分けられるのだが、さいきんは箱に入って移動するのが嫌になってきている。汗をかいてもいいから自由にのんびり移動したいのだと思う。そういえば『作家の仕事部屋』に出てくる小説家か誰かが「頭の上に屋根があると筆が進まない」と言っていた。たぶんそういうやつ。

5/24(金)

だんだん寝苦しくなってきた。日本の四季だ。じめじめ初夏だ。これが十月まで続く。北海道へ行きたい。
布団を間違えて浅い睡眠。腰も痛い。シクシク悲しみながら自転車で出勤した。東京から来ている同じチームの同僚がおり、お昼をいっしょに食べるなどした。

🥩🥩🥩

ねじ式』と『つげ義春日記』を読んだ。つげ義春のことはよく知らなかった。名前を聞いたことがあるくらい。興味もなかったが、日記が売られていたのでただ買って読んだ。どういう漫画を描く人なのか?と気になって漫画も読む。変な漫画だった。そして現代のエッセイ漫画の先駆けっぽい雰囲気もある。
人気がありそう、ということはわかった。私には魅力はわからず。

日記のほうは、とにかく暗かった。つげの性格である。実父が四歳くらいで亡くなっており、あとは性格の悪い母と祖父、義父に囲まれてメッキ工をしながら食い繋いだ。育ちのややこしさから自閉症、赤面症であり、対人関係はうまくいかない。人と喋らずに食える職業として漫画家をやってみたら、ガロによって人気を博す。絶頂期につげの妻、マリと結婚するも、長男誕生後は漫画が描けず、妻が子宮癌になるなど不幸が続いた。最終的につげは不安神経症を発症し病気と付き合いながらエッセイを書くことで食いつなぐ。そういう日記だった。

リンク集

www.mayado.jp

anond.hatelabo.jp

anond.hatelabo.jp

anond.hatelabo.jp

mond.how

nazology.net

www.kyushin.co.jp

週報 2024/05/19 心身を納得させる

5/11(土)

朝から調子悪し。朝食をパン、昼をマクドの買い食いにしてしまう。
一発逆転を狙って散歩、鳩観察、お灸、昼寝をしてみたがどれも効かない。少しずつ良くなる感じはしたが決定的な何かが足りなくて頭が文章モードにならなかった。原稿がやばいわよ。

困ったら鳩をみにいく

結局決め手は調理だった。夕方に冷蔵庫の余り物処分としてインドカレーを作りながら台所を動き回っていたら、いつの間にか頭が動くようになっていた。私の体調不良には料理が薬になるらしい。

🍖🍖🍖

このカレーだが、試しにヨーグルトを多めに入れてみた。賞味期限がやばかったので。
本来はスプーン一杯程度のところを三杯か四杯。レシピ逸脱もいいところである。

バターもチキンも入れてないバターチキンカレー

すると、できあがったカレーはバターチキンカレーであった。バターなんか入れてないしチキンではなくポーク。なのにバターチキンカレーとしか言いようのない味がする。バターチキンカレーの風味は乳脂肪であり、ヨーグルト由来でも良いらしい。
もしかすると、インネパ系のカレーも高価なバターを使わずにヨーグルトで水増ししているかもしれない。本当にそれっぽい味になって客にバレないならそれでもいいかも。

5/12(日)

関西コミティアの日。いつもより少しだけ早起きしてインテックス大阪へ向かった。夜更かししてしまったので移動中はほぼ睡眠。大阪南港に着くころにはちょっと元気になっていた。

肝腎のコミティアはやや不調、というかなんか人が少なかった。いつも混む知り合いのサークルも昼頃には暇そうだったので、全体的に参加者が少なかったようである。コミティアには波みたいなものがあって真冬と秋の回が盛りあがっている。
たしかにGW直後の土日に南港まで出てくる人はそう多くないだろう。連休ってむしろ疲れるところもあるのだ。

🍋🍋🍋

帰りに阪急梅田地下街の欧風カレー屋へ寄ったところ、レトルトカレーか?となるような味でびっくりした。そういえば異様に安い値段だった。妻氏は「レトルトカレーよりまずい!」と言って怒っていた。

5/13(月)

ややわる睡眠で出社。午前は大雨だった。
今日はなぜか体調不良の人が多かった。お腹が壊れる人多数、謎の不調で休む人数名。昨日のコミティアで疲れた顔をした人が多い気がしたのも勘違いではなかったようである。私は終始ぼーっとしており、ハムサンドと間違えてエビカツサンド(きらい)を買ったり、存在しない会議に参加して「人が来ないなあ」とつぶやいたりしていた。

💊💊💊

発達障害検査を受けてみました」という記事から、ゆる言語学ラジオの『ビジュアルシンカーの脳』の回があるのを知った。半年くらい前におもしろく読んだ本である。気になって2時間以上の動画を観た。おもしろかった。

www.youtube.com

言語学と題したYouTubeチャンネルなので喋ってる二人とも言語思考者である。絵は描けないし言語化ヤクザ、言語化マッチョである。そういう前提があり『ビジュアルシンカーの脳』を読んだ水野氏が「言語思考者がいい思いをしているのは社会がたまたまそうなっているからなのだ」と言って堀元氏を改心させる回だった。説得は成功した。

 

彼らは「言語化によって意識からこぼれ落ちるものをできるだけ減らしたい」というモチベーションで作家活動、言語学研究をしているそうだ。この点は同じ言語思考者であっても私とは違う立場だ。私は「言語は当然万能ではないが、意識内の情報としてこぼれ落ちているものはない。私の意識にあるものはすべて言語化可能である」というスタンス。であるからビジュアルシンカーにとっての「言語はイメージに比べて情報が落ちる」という話も理解できていない。そうであるらしい、ということを知っている程度。

 

「もし仮に「言語化力」ではなく「イメージ化力」が重視される社会で「絵で表現できない人は能力が低い」と言われたら我々(言語思考者)は困るでしょう?」という思考実験がおもしろかった。イラスト表現のスキルで社会階層が決まる世界では私は最底辺である。その社会に生きる私は「イメージ化力を磨くためには」みたいな新書を買って読んでいるだろう。

5/14(火)

酒を飲んで寝たら睡眠が破滅。今日もぼーっとした一日だった。デバッグに奮闘した結果、一行の変更ですべてが片づくのに気づいてしまう。がっくし。

🐻🐻🐻

同僚と人生っぽい雑談をしたときのこと。「もしその選択をするとしたら、感情はついていくが理性としては納得しかねるので、モヤモヤし続けるだろう」というような話を聞いた。

「感情と理性が同じ方向を向いていないとずっと悩み続ける」らしい。たしかにありそう。
感情的納得をしてるだけでも、理性的納得をしているだけでもダメ。両者が揃ってないとメンタルに悪い。
両者の乖離を修復するのが昨今流行りの「言語化」であろうか。たしかにそういう側面もあるが「言語化」は感情的納得よりも理性的納得を促進するための道具である。「言っていることはわかるけどなんか気に食わない!」を解決することはできない。感情的には納得してるが説明が足りないケースで言語化が役に立つのであり、逆に思弁的にしか理解していないケースでは言語化では足りないだろう。

じゃあどうやって感情的(身体的)に納得するのか。体験するしかないのだろう。同じ体験をしてみたら「アッそうなのか」となることがよくある。

ただ、もっと根深い問題は同じ体験をしても同じクオリアを得られない場合で、例えば「日本酒飲み比べに来たのに友人と違って違いがぜんぜんわからん。つまんない」みたいなやつ。
「他者と異なる感覚を持っている」という事実に納得しておくのは人間関係一般において大事なことだけれども、「自分にない感覚が他人にはあること」「自分の感覚の特殊さ」への納得を深いものにするには骨の折れるコミュニケーションが必要かもしれない。

5/15(水)

モルモットアラートに起されまくって睡眠が浅いまま出勤。
コードレビューなどの労働をした。

定時後にApple StoreiPad Airの受け取りと古いiPadの下取り手続き。無事に満額の査定となった。やったね。
家に帰ったら設定をしまくる。一時的にラップトップを捨ててiPadだけで過ごしてみるための移住作業。もともとブラウザの中で生きてたので、よく使うブックマークを移植しサービスにログインしまくったら環境ができた。メモ帳はもともとアプリがある。

🦒🦒🦒

iPadというかiOSはてなブログを書こうとすると、画像のキャプションが問題になる。
公式アプリだとHEIFという画像形式をいい感じに変換してアップロードしてくれるのだが、その代わりにアプリの機能不足によってキャプションがつけられない。キャプションが!
かといってブラウザではてなブログを開き画像をアップロードすると「HEIFは対応しておらん」とか「10MB以上の画像を上げるな」と言って怒られる。こうしてキャプションをつけるのが困難になっていた。

リサイズ工程はなくてもいいかも

そこでこのようなショートカットを作った。画像をリサイズしつつjpgに保存してくれる君である。iOSではMacみたいな高度な変換はできないのかと思っていたが、ショートカットアプリにはすべてがあった。解決。

5/16(木)

モルモットの呼び声で睡眠不足。妻氏も日帰り出張とのことでそのまま起きざるをえなかった。発生した空き時間で家事をいろいろやってから出社。

夕方鍼へ。「なんかここ数日テンションが上がらないな」と思っていたら自律神経が乱れてるとのこと。そういえば昨日は立ちくらみもあった。たっぷり鍼を刺された。

🍮🍮🍮

なんかの本に「人は逆さにして振らないと、こんなにもものを言えないのか」と書かれていた。たしか全社員と面談をして云々の文脈。
「人は酒を飲まないと、こんなにもものを言えないのか」というバージョンもありそう。繊細で真面目で引っ込み思案な人なのに、やたらと酒を飲む人が世の中にはいて、彼らは酒を飲むと活き活きと喋り始める。素面だと面談を何度もやって逆さにして振らないといけないのだが、酒だとそれの代わりになるらしい。
エッセイスト、漫画家にもこのタイプが多かった気がする。

私は酒がほぼ飲めない代わりに素面で何でも言えるタイプである。
人が吐露するさまほどおもしろいものはないので、真面目な人に酒を飲ましてただ話を聴いていこうと思う。どんな人であれ深いところを喋ってくれるなら興味がある。

5/17(金)

寝るときに「寝るぞッ!!!」と意気込んで臨むとうまくいかない。そうじゃなくて「わたしはこれからただリラックスして呼吸を整えるのです」とやるとうまくいく。

そうやってスーンと寝て起き仕事をした。

🐰🐰🐰

昨日の鍼で「肩から首にかけてゴリゴリに凝っている。そのせいで自律神経が終わっている」ということがわかった。もう懲り懲りなので対策を考える。

業務では一日中ぱちょこんに向かっている。ずっとキーボードを打つのが仕事だ。だから自然と猫背になるし、背中は丸まる。職業病であり、鍼のせんせーもデスクワークはどうしようもない、という認識だった。

しかし手はあるのだ。分割キーボードである。
ソフトウェアエンジニア界隈では自作キーボードだとか分割キーボードが流行りである。数年前、物理的にマッチョな人たちが「鍛え上げた大胸筋のせいで腕が閉じられないから分割キーボードしか使えない」と言って紹介したあと、業界内で大流行した。ハマる人はハマるようで、自作キーボードを何個も所有したり、3Dプリンタを買ってカスタムしまくるような知り合いが何人もいる。

あんまりモノに興味がないので、自作までする気はないのだが、健康のために分割キーボードには手を出すことにする。実は分割キーボードは特殊な道具を用意する必要はなくて、一つの端末にキーボードを追加でつなぐだけで実現できる。

肩が開いて健康的かつ変なキーボードも買わなくてよい

こんなふうに。右手にiPadとかラップトップの内臓キーボード、左手に追加のキーボード。こうするだけで肩が開いた状態でタイピングができる。左利きであればトラックパッドのある端末を左側にすること。

これが意外とすぐに慣れる。タッチタイプができるのが前提だが、できるならば1時間もしたら自由にタイプできるようになっているだろう。ふつうの分割キーボードだと左右の境界のキー配置が問題になる。「右手でGまで押したいのだけど左手側にしかない」みたいな癖があるとき。二台あると、どちらのキーボードにも「G」はあるので障壁なく分割キーボードにできるのである。

 

非常に快適で肩も開いたまま文字が打てるようになった。また一歩健康に近づいた気がする。