しゅみは人間の分析です

いらんことばかり考えます

週報 2024/08/04 夏コミ原稿進捗ダメです週

7/27(土)

二度寝をして昼まで寝たら元気になる。土曜日は昼まで寝るべきかもしれない。
回復した体力でキビキビと家の掃除ばかりしていた。椅子のオイル塗りメンテナンスとか台所の台の汚れとりとか。

しつこい汚れを取るのに活躍したのがメラミンスポンジ。激落ちくんで有名な白いあれだ。繊細な素材のものに使うと表面が傷だらけになるむつかしい掃除用具だが、石とかタイル、金属表面の汚れを激落ちさせてくれる。水とスポンジだけで何でも綺麗になるので掃除が楽しく、ゾーンに入っていきやめられなくなるのだった。
でも、そもそも汚さないのが良い。テーブルや机、床に取れにくい染みができる原因は、汚れがついたまま放置することである。汚れに気づいた時点でしっかり拭くのがよい。コーヒーをこぼしたらすぐに布巾で拭うべし、という当たり前のことに気づいた。

🥒🥒🥒

夕食はそうめん。暑くてなんもやる気が出ないのでキュウリとネギだけのそうめんにした。

焼きなすってどうしてこんなにうまいのだろう

流石にそれだけだと栄養が足らないので小さいフライパンで茄子と豚肉を焼いておく。このシンプルな焼き物がおいしかった。油と塩しか使ってないため茄子の風味がよく感じられる。季節の野菜はこうやって食べるのが一番なのかもしれない。ただ焼くだけ。関西だと「けったん」というのだっけ*1

7/28(日)

暑さが大変なことになっているので、週報を公開したらすぐに出かけた。用事がいろいろあって街中をうろつく。本屋で村上春樹のエッセイと小説を買ったあと、ハンズで激落ちくんのでかいやつ、蒸し器を買った。
蒸し器は蒸篭を買うつもりだったのだが正気に戻って諦めた。インターネットによると蒸篭はカビたり、二年で壊れたりするそうだ。見た目は良いものの熱効率は悪いしあんまり容量もない。近代的な金属の蒸しカゴを選んだ。

お花みたいな蒸し器

パッケージは古臭いが機能はじゅうぶんだった。羽が動いて大きさが変わる機構がついていて、小さい鍋からフライパンまで対応できる蒸しカゴだった。

☀️☀️☀️

夕食はホットプレートでビリヤニにした。昼に骨付き鶏肉をヨーグルトマリネしておいて、夜にホットプレートでフライドオニオンを作る。そこへマリネ鶏肉を合流させ、茹でたバスマティライスを乗せて蒸すだけ。
コンロと違って保温モードがあるのが便利だ。ビリヤニは炊き込みご飯なので鍋炊き炊飯と同様に湯気がでたら弱火にする。このとき可能な限り火を弱くするのが大事なので保温モードがぴったりなのだ。また、フライドオニオンを作るときも温度が一定なのがよい。スパイスのテンパリングも。温度が管理できる調理器は凝った料理をするのに良いのかもしれない。

ホットプレートビリヤニは味が安定しそう

だいぶうまくできたので、レシピ本に載っている様々なビリヤニに挑戦していこうと思う。

7/29(月)

コミケの原稿がやばくて我が家は非常事態へ突入。漫画作業として私にできることはない(絵が描けない)ので、家事サポートをする。
今日は妻氏が早めに退社して家で作業をしていた。気をつかって & 外が暑すぎるので夜までオフィスで働いてから帰ってくる。そしたら妻氏はソファで寝ていた。

(˘ω˘)

🧪🧪🧪

勝間和代が「株価も物価も上がるのになぜ賃金は上がらないのか」という記事を書いていた。冒頭でピケティの『21世紀の資本』の話を参照しつつ「r > g(資本収益率は経済成長率よりも大きい)であるから賃金は増えない」と主張しているが、これはちょっと変な論理である。なぜお給料が増えないのかをより正しく言うと「利益を賃金に反映するか配当にするかは各企業の自由だが、実際には配当へ回される額が大きい*2」からである。配当が多めになっているのは「資本家の影響力が強いから資本家へ配当する」という経営陣の価値判断であり、r > gは関係がない。

労働者の賃金が増えにくいのは事実である。フォード社はかつて労働者の生活を豊かにすることで車がより売れる(消費)社会を作ろうとした(フォーディズム)が、それももう百年前の話である。量産技術の革新と競争とか金融の発達とか色々によって過去の話になってしまった。そんな現代で労働者が金を増やす方法は「転職」「投資」のどちらかであるのは間違いない*3

7/30(火)

会議祭りに1on1をして夜は社交ダンスレッスン。今日もしごかれた。最近雑談が減っていて、ややガチモードになっている。上手くなってきているから、という側面もある。

🐈🐈🐈

タンゴの練習をするときに「そもそも歩き方のチェックをしましょう」と言われた。私の足は左右で長さが違うせいなのか、左足が小指側に回転しやすくなっている。癖がついているので意志の力でねじ伏せる必要があり「内旋(親指側へねじる)をしっかりしましょう」という指導になった。
歳をとると身体が開いていく人が多い。足が外側に開いていき、背中は丸まっていく。これを「身体が開いている」という。反対に身体が背骨を中心に軸の安定性を保っているさまを「身体が閉じている」とか「絞られている」と言う。開いて力が抜けた姿勢はだらしがない。たぶん健康にも悪い。だらしない開き切った人にはなりたくないので、しっかり意識していくことにしたい。

身体を開いていると老いるぞ

7/31(水)

汗だくになって出社し汗だくになって帰ってくる。夏は嫌いだ。冬も嫌い。5月しか好きな季節はない。
お仕事は会議いっこだけであとは実装と調査。積んでるタスクを先行して処理していったら少し手が空いた。存分にサボってやろう。

🍳🍳🍳

何かの広告で「大文字送り火」が云々という文字列を見た。京都の企業の広告なので「大文字焼き」とは書かれない。
なんで「大文字焼き」は正しくないのか不思議に思ったが、送り火には妙、法、🚢、⛩️もあるのに気づいた。京都盆地の全体を使ってあちこちで漢字を燃やすのが送り火であり、たしかに大文字を焼いているだけじゃないのだ。

🍳🍳🍳

気まぐれにホットサンドメーカーで夏野菜を焼いたら焦げ目がついておいしかった。土曜日のそうめん副菜の成功の影響で、野菜をただ焼いただけのものに興味が向いている。しかしホットサンドメーカーでやる必要はない。この道具はやたらと持ち手が長く、形もヘンテコなので使いにくいし洗いにくい。ふつうにフライパンを使うべきだ。

問題は我が家に鉄フライパンしかないこと。それも大きな炒め鍋とやたらと重いプロ用のフライパンしかない。小さくて軽い気軽なものがないのが課題だと気づいた。
他になんかないかと思って棚を漁ったら死蔵している卵焼きフライパンが出てきた。テフロンが塗られたアルミ製のやつ。スーパーで千円で買ったようなものだと思う。これが普段使えるかどうかを試すために肉を焼いてみた。豚肉を塩焼きにしただけのもの。

しょぼいフライパンは肉の味が変わる

ところが、これが不味かった。いつもと同じ肉なのに鉄鍋で焼いたのと別物。おそらく板厚や素材の違いが原因だと思う。一般的に肉を焼くとき、金属の蓄熱性が大事だと言われる。薄いアルミだと蓄熱もくそもなくて、すぐに熱されてすぐに冷えてしまう。これが良くないのではないか。
でも卵焼きフライパンの形と軽さは良かった。次の土日で蓄熱が良くて軽いフライパンを探してみる。どんどん台所用具が増えていく。

ホットサンドメーカー邪魔すぎる

8/1(木)

ちょっとだけ暇になってきた。まだプロジェクトは予断を許さない状況だが、個人のタスクとしてははけてきた感じ。あとはバグ挙動を分析して品質を高めていくフェーズ。がんばるぞい。明日休みだけど。

🐑🐑🐑

妻氏は漫画を描いていると途中で疲れて眠くなるのだが、プリンを投与するとたちどころに回復することがわかった。
私もお仕事で燃え尽きたときのために常備しようかしらん。いや、そもそも根を詰めるような状況になってはならないか。

原稿缶詰体制

🐑🐑🐑

先日「インターネットに知識を増やすのがSNSやブログの価値である」というようなことを書いた。その続き。
SNSの「言及」が知識を増やすのに良い媒体となっているのに気づいた話。

きっかけは例のトルコ代表の射撃選手の件。彼が発見された当初は「何者なのか」「ポケットに手を突っ込むのはよくわかないけどかっこいい」といった素朴な評価がされていたが、この件が多くの人の目に触れるにつれて「ポケットに手を入れるのは姿勢の安定性に利するのであり、軍事・警察関係者の間では常識である」「実はこの人は世界記録保持者である」といった情報が増えていった。これは話題になっているネタに対して素早く言及をする短文SNSだからできることであって、Youtubeやブログでは難しいだろう。また、単なる短文SNSであれば良いわけではなくて、社会丸ごと入っているようなSNSのユーザー規模も必要である。現状、Xでしか起きない現象だと思う。

というふうに「ニッチな知識を言及媒体によってインターネットに吐き出させる」効果を持つのが短文SNSであることがわかった。良いように思われるが、当然ながら問題もある。言及で吐き出された知識はあくまで話題ごとの捕捉情報であり、言及の背景にある体系的知識ではない。いわば雑学的な断片が増えているだけであり、いくらインターネットを眺めていても雑学太郎にしかなれない。雑学の断片に過ぎないことを自覚しているならば良いが、多くの人は断片によって全体を知ったかのように思い込むので知的な誠実さは失われるであろう。誠実さを失ったものは虎になって藪の中に消えるのがオチであるから、絶対に「知識が増えた」と思ってはならない。それは所詮雑学である。

8/2(金)

暑さが嫌になって一日休。蟄居して料理やゲームをしていた。

🐈🐈🐈

朝、コミケ原稿進捗の話をする。まあまあやばいけどめちゃくちゃ頑張ったら間に合いそう、という観測。毎回こうなるのはなぜなのか。
先日独房ができて、机の配置をいじってから漫画の進捗がかなり良くなった。もし独房ができてなかったらコミケの新刊は落ちていただろう。なんで独房ができたのかというと、ダイニングテーブルを買い替えたから。余った古いテーブルを納屋に押しこみ作業場にすることを思いついたから独房ができたのだ。新しいテーブルは本来七月の三連休で届くはずだったのだが、トラブルがあって一週間配達が遅れている。つまり、もし荷物の遅延がなければ一週間余裕ができていたわけだ。そういう偶然によってギリギリ間に合うかも、という状況にある。神様仏様超越的存在が我々に試練を与えるべく、荷物を遅らせたのかもしれない。今回も首の皮一枚繋がるような調子で入稿するであろう。

進捗ダメです(新刊チラ見せ)

🐈🐈🐈

Xの「北米社会は流動性がなくなってからダメになっている」というようなポストが興味深かった。流動性とは学歴とか転職による社会(階級)の移動とかもろもろのこと。反対に流動性がなくなっていると金持ちの子が金持ちになったりする。貴族制っぽい社会。

インターネットでも似たようなことが起きてきた。黎明期は小さなアカウント相互の繋がりがあって、情報流通はフルメッシュにより近かったが、だんだんとハブになる大きなアカウント・サービスが情報流通を担うようになっていった。

ただ、インターネットは今でも無名のアカウントの投稿した情報が大きな反響を及ぼすことがある。実社会だと銃を乱射するなどの犯罪をしないと無名な人への注目は集まらないが、インターネットではそうでもないらしい。たしかにこの点に希望はあって、銃乱射に頼らずに実社会への揺さぶりをかけられるかもしれない。
「どうにかしてバズればいいんだよ」みたいな話になってまことに品がないが、固定化されつつある社会への薬はそれくらいしかないかもしれない。しかし問題はエコーチェンバーを作っている人々か。エコーチェンバーは他者をシャットアウトする問題ではなく、自分に賛同する仲間だけを集めて群ているところに問題があるように思う。ノイズをフィルタすることよりも、信号の増幅のほうに問題がある。そこをSNSのシステムで対処すべきだとは思うが、人間の思い込みの力はすごいので無駄かもしれない、とも思う。

リンク集

anond.hatelabo.jp

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くだらない増田を掘るのがさいきんの趣味

55096962.seesaa.net

おもしろそうな本

kabumatome.doorblog.jp

京都駅通すのむりでは?

youtu.be

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さいきん手打ちうどんへの興味が高まっております

*1:土井善晴の影響で玉ねぎのけったんという用例しか検索結果に出てこない

*2:上場企業の配当性向は一般的に20〜50%

*3:個人的には転職より投資の方が難易度が高いと思う