しゅみは人間の分析です

いらんことばかり考えます

週報 2024/03/10 脳裏のおじゃまぷよを消し続ける生活

3/2(土)

たのしい金縛り体験

たまに金縛り・睡眠麻痺になっているのに気づいた。

布団ではなくソファで寝てると体験できるアトラクションで「息が苦しい!」という感じがしながら幻聴とか幻覚、幻タッチがやってくる。幻聴はテープの早回しみたいな音で何言ってるのかよくわからなかった。「さいしんのうかがく」によると「夢を見てるときに記憶の整理をしており、このときシナプス発火が通常の倍速」だそうな。だから早回しテープになる。幻覚、幻タッチは非常にリアルで良かった。ほっぺたに誰かが触った感触があり、妻氏かと思ったが妻氏はベランダにいた。幽霊さんの仕業である。

ふつうは金縛りを経験すると怖くて寝るのが嫌になるらしい。なんで私がこんなに楽しんでるのかというと、いつものアファンタジアが理由。意識のなかには荒涼とした闇しかないので、幻覚はとっても新鮮で楽しいのだ。

でも身体が動かせなくて息が苦しいのは困る。息だけ自由にできる金縛りがあったら喜んで体験したい。

💣💣💣

『職業としての小説家』 を読んだ

小説家になるための本じゃなくて、村上春樹の小説家人生をふりかえる自伝的エッセイだった。読みやすい文体で、率直に彼の思うところが書かれていた。

いずれにせよ、長く小説家をやっている人間として、実感で言わせてもらえれば、新人レベルの作家の書いたものの中から真に刮目すべき作品が出ることは、だいたい五年に一度くらいのものじゃないでしょうか。少し甘めに水準を設定して、二、三年に一度というところでしょう。なのにそれを年に二度も選出しようとするわけだから、どうしても水増し気味になります
p.71

芥川賞についてのコメント。これくらい率直である。怒る人もいるかも。でも保坂和志もまったく同じ趣旨のことを言ってたので事実であろう。「あれ新人賞やぞ?」ということ。

最初の章に「何らかの賞をとれば商業作家活動の入場券をもらえるが、作家であり続けるのがいちばん難しい。長く続けるには賞を取るのとは別の何かがいる」ということが書かれていた。この本の主題は「いかにして村上春樹が作家であり続けたのか」である。

 

あとはこれがよかった。

読んだ人がある部分について何かを指摘するとき、指摘の方向性はともかく、そこには何かしらの問題が含まれていることが多いようです。つまりその部分で小説の流れが、多かれ少なかれつっかえているということです。そして僕の仕事はそのつっかえを取り除くことです。どのようにしてそれを取り除くことかは、作家が自分で決めればいい。たとえ「これ完璧に書けてるよ。書き直す必要なんてない」と思ったとしても、黙って机に向かい、とにかく書き直します。なぜならある文章が「完璧に書けている」なんてことは、実際にはあり得ないのですから。
p.162

3/3(日)

今日は先代スナネズミの一周忌なのだが、何の因果か新しいスナネズミを買いにいくことになった。心にスナネズミ型の穴が空いて以降「近くのペットショップにいたら迎えよう」と心づもりはしていたのだが、なかなか入荷されることはなかった。スナネズミはレアなペットで扱っている店は少ない。需要も少ないのだと思う。キュートでユーモラスなのに。

一周忌の日になったのはたまたま。妻氏の同僚のケモナー氏が「EXPOCITYの店にかわいいのが入荷したから買うべし」とけしかけてきたらしい。阪急とモノレールでえんやこら移動してみたらよい個体がいたので買ってしまう。本当は一匹だけのつもりが、よく見たら姉妹で売られていたので二匹連れ帰ってきた。

仲良しなのではなく奪い合いをしている

🍒🍒🍒

新規ネズミを迎え入れたのは3年か4年ぶり。令和の新人の扱いがわからなくてあわあわした。ペレットを店のと合わせたり、水飲み器の教育をしたり忙しい。

疲れて昼寝をしてたらねずみのカサカサゴソゴソ音が聞こえてくる。そういえばこういう生活だった。ねずみがいる家というのは。昼寝サウンドはねずみの物音に限る。

🍒🍒🍒

万博記念公園のあたり、広々としていてよかった。京都だとまず見られない広さだ。

なんであんなに広々としているのか。「大阪は空間の使い方が豪勢だ」という話を聞いたことはあるのだが、阪急梅田の豪奢な雰囲気と万博記念公園は同列に比べられない気がする。

3/4(月)

妻氏との共有Workflowyメモにおかいものメモコーナーを作った。

変なものを入れないように

ここにめんだこ、野菜、夢など好きなものを書きこんでいく。

🔩🔩🔩

さいきん長編漫画を見かけない。長編というのは、長く連載された漫画ではなく、数百ページあってそれだけで完結するお話のことだ。小説業界だとむしろこちらがふつう。なぜか漫画業界は連載ぶつ切り形式になってしまった。雑誌を生かし原稿料を配るための経済原理なのだろう。あとどれだけ持つかわかんないけれども。

手塚治虫萩尾望都の長編漫画を読むと、現代の流行りものとは違う漫画体験ができるのに気づく。テーマがちゃんとあって、話をきちんと終わらせるように作られているので連載漫画よりも深みがある。連載ものって無駄に長かったり、その月(週)の作者の体調によって話がつまらなくなったりする。それよりは、完成度の高い研ぎ澄まされた長編を読みたいかもしれない。今や長編漫画は商業漫画にはなくて、むしろ同人誌に残っているのかもしれない。

3/5(火)

新人ねずみたちがペレットを食べてくれない。ペレットとはペット用のカロリーメイトみたいなものである。

食べないのは困るので「ハンストか?」「このペレットがいいのか?」と試行錯誤してみたのだが、一向にペレットは食べなくて鳥の餌の雑穀だけを食べ続けるのだった*1文鳥用の豆、穀物、野菜が入ったもの。本当に鳥の餌である。

ねずみは鳥だった

「これ栄養どうなの?」と思って調べてみるとびっくり。鳥の餌のほうがペレットよりもタンパク質が豊富だった。鳥さんの体を作るのだからたしかに栄養はある。

よく考えてみるとペレットはカロリーメイトである。「毎日これだけを食え」と言われたら私なら発狂する。そりゃあお野菜とか穀物、豆のほうがよろしい。ねずみたちはただ素直に生きているだけなのだ。

これまでのねずみはみんなペレットで飼ってきた。
ねずみ観が崩壊する経験となった。

📼📼📼

文章は書きなおすと読みやすくなる。書きなおすたびにトゲトゲが取れて摩擦のない珠になる。

神話や民俗伝承などの口伝にも「語りなおし」の過程があるのに気づいた。

口伝は音のメディアなので残らない。古老が火を囲んで子供達に話をするとき、その都度語りなおさないといけない。毎回同じようなお話をするわけだが、全く同じになるわけではない。そのときの気分、失念で細部が変化していく。おもしろかろうと思ってお話を変えてしまう人もあるだろう。

こうやって変化することが「語りなおし」による磨きであり、お話を洗練させるのに必要な作業なのである。文章でも同じように磨かなければならない。捨てて書きなおすのである。

3/6(水)

脳裏のおじゃまぷよ

業務の隙を見つけて休みにした。このごろストレスが高めらしいので何もしないをする。
何もしないつもりだったのに、気がついたら確定申告やら靴磨き、包丁研ぎをしていた。ずっと気がかりだった雑事が片づいてホッとする。

 

これも一種のセルフケアなのだろうか。同僚たちはちょくちょく休むのだが、たいてい家族の世話のために休んでいる。そういう休みも休養にはなるのかもしれないが「セルフケア」かというと微妙だ。ある種の労働である。セルフケアできてない人は相当多いと思う。

生活をしてると脳裏に「あれやらなきゃ」が溜まっていく。忙しいとおじゃまぷよが溜まって意識を圧迫する。それを取り除くのが自分のための休みなのだろうか。

消しても消しても降ってくるんですけど〜!

🌮🌮🌮

帯は広告だから捨てていい

本を買ってきた。休日になると買いたかった本が集まってきて勝手にカゴに入っていく。金を使う趣味は料理と読書だけなので「本は無料」をモットーに好きなだけ買うようにしている。本棚の容量と読書スピードがあるので、無限に増えるわけではない。月に5〜10冊程度。

帯だけにすると滑稽だ

買ってきてテーブルに置いといたら帯がうざったく見えてきた。

帯は広告なのだ。本屋の数万冊の本のなかから「我を買え」とアピールするための広告。本来の装丁を台無しにしてくれる。

買ってしまったら帯はもういらない。広告は役目を終えている。帯は全部捨てましょう。

3/7(木)

白菜は飲みもの

スナネズミが給水機の使い方を覚えてくれないので白菜から水を吸っていただいている。スナネズミにとって白菜は飲みものである。彼らは砂漠やステップを故郷としているので、もともと水はあまりいらない。野菜の水分だけで生きられるようにできているのだ。

スナネズミ二匹サイズ

生き物は小さくなるほど大きなものを食べる。🐜が虫や果物を引きずって食べるように、🐭も身体と同じくらいの大きさの白菜を余裕で食べきる。人間が自分と同じ大きさのものを食べられるだろうか。白菜10本、パイナップル5本くらい?想像するだけでお腹がぱんぱんになりそうだ。

🔜🔜🔜

レシピを写経する

本のままだと使いにくいので自分で写経することにした。アウトライナーに溜めてしまう。

レシピデータベースはアウトライナーがぴったり

写経してみるといろいろ良いことがあった。

  • 書いてるうちに少し覚える
  • 書いてるうちにレシピの設計意図を理解する
  • データベースになって一覧できる
  • スーパーに行ってから材料を確認できる

クックパッド等々のレシピサービスではダメで、自分で作ることに意味があるようだ。そういえば昔の主婦は手書きのレシピノートを持っていた。あれも写経だったのだろう。手書きのほうがよく覚えられるはずだが、紙は並び替えや訂正が難しいのが悩ましい。電子化してデータベースにするのがよい。

3/8(金)

稲田俊介のスパイス本を読んでいたら「カレー四天王のスパイスは混ぜて置いとくといいよ」と書かれていた。🫙入りスパイスを台所に並べるなんて、そんな鼻持ちならないことをしていいのか。

カレー粉っぽくなった

でも便利そうなので採用。クミン、コリアンダーターメリック、チリを等量ずつ混ぜておいた。いかにもカレーっぽい色の粉だ。

 

実は一つミスをしていて、チリペッパーパウダーではなくチリパウダーを入れてしまった。チリペッパーパウダーは唐辛子の粉だが、チリパウダーはテクス・メクス料理で使う調合香辛料。味の大勢には影響がないのでそのままにしている。というか分離不可能。

香辛料の名前はややこしいのがもう一つ。ベイリーフベイリーフである。
???
ローリエとカシアリーフと言ってもいいが、ベイリーフあるいはベイリーブスと呼ぶことが多い。どちらも葉っぱのスパイスなのだが、植物的には別種で葉脈の形がぜんぜん違う。なのに名前が同じで匂いも似てないこともないらしい。

スパイスはややこしすぎる。

🍬🍬🍬

水曜日に「忙しいとおじゃまぷよが溜まって意識を圧迫する」と書いたのだが、もしやこれがストレスなのかしら。先週は「ストレスの感覚がわからない」と書いていたのにもう手のひらが一回転してしまった。

*1:鳥の餌はペットショップでおすすめされた