しゅみは人間の分析です

いらんことばかり考えます

週報 2023/02/26 ピアノでSNSをやめる、顔色に甘えない、占いは意味を与える

2/18(土)時系列は無視できない

スナネズミ氏はまだ生きている。まともに餌を食べなくなったのでキャベツや豆腐を食べさせる。

 

ヘッドホンなしで電子ピアノを弾いた。土曜日の昼だからいいかなと思って。頭にヘッドホンが乗ってないだけで、いつもより上手に弾けた気がする。でもスピーカーの音は悪い。物足りない。この体験でグランドピアノが弾きたくなり、近所のスタジオを借りることにした。

 

週報(02/19号)に苦労した。先週までと構成が違うので、考え方から変える必要がある。日記を抽象化して話題ごとにまとめると情報が落ちるのが悩ましい。一行しか書かなくていい話題もあるし。

この日は雨で調子も悪く、悩みながらウゴウゴしていた。夜になって初心に戻ることを思いつく。週報なのだから曜日ごとにまとめるのだ。時系列はどうしても無視できない。時間が経つにつれて考えが変わる様子もそのまま残したい。何であれ、起きたことは事実なのだ。

この作戦でうまくまとまり深夜には原稿ができていた。

2/19(日)圧縮欲望、グランドピアノの響き

起きて週報をいじる。ちくちく修正しながら読んでいたら、自分の欲望に「圧縮」もあるのに気づく。例えば整理整頓。棚にはギチギチに物を詰めるし、プログラミングも行を減らすのに心を燃やす。当然、言葉も圧縮して抽象度高めでお出しする癖がある。それだと理解されなくて困るので、がんばって圧縮率低めで出していきたい。

 

予約したピアノスタジオで練習した。グランドピアノを一時間千円くらいで借りられるすばらしいサービス。この手の施設を使うのは初めてで緊張したのだが、いざ使ってみるとそう敷居の高いものでもなかった。ネットで予約して現地で決済し部屋を占拠するだけ。

ピアノの音はよかった。やっぱり本物は違う。ハンマーが弦を叩き、物理的に音が響くのだ。鍵盤のタッチも別物。練習になって気持ちがよいのでしばしば通うことにした。

雰囲気もよい。薄暗くてちょっと散らかっていて、掲示板にはビラがたくさん貼られている。都市部なのにここだけ大学の部室棟みたいだった。

2/20(月)ピアノでSNSをやめる

このごろ集中力があるのに気づいた。特に仕事で顕著。なんでだろう?ピアノ説を思いついた。ピアノは再開してから一ヶ月。ほぼ毎日一時間くらい弾いている。

手を動かすと認知症予防が云々という研究もあるし、実際ピアノはめちゃくちゃ手を使う。指十本を高速に動かして、三声や四声の曲を弾くのだ。頭を使わないわけがない。集中力は当然いる。どうやって動かしているのかまったく説明できないのだけど、集中してないと全然弾けない。

SNSをほぼやめられたのは集中力が戻ったからかもしれない。先週は、自分の欲望を分析して依存性に気づいたから、と思っていたが違うかもしれない。

 

この日のピアノ練習で椅子の高さが大事なのに気づいた。そういえば高校生の頃、ピアノの先生はたびたび「椅子の高さを自分で調整しなさい」と指導していた。

 

もう死ぬと思われたスナネズミ氏は🍓の欠片なら完食するらしい。糖分で快復したスナネズミ氏はちょっと活発だった。でも、やっぱり死ぬと思う。何匹も看取っていると挙動でわかる。わかってはいるのだが一喜一憂しながら世話をする。

2/21(火)使い尽くしてしまう

しいたけ.占いが我が家でブーム。天秤座の妻氏は「うどんを食べて休め」「紅茶を飲んで休め」と言われることが多い。これらの助言の裏には「体力を全部使ってしまう性質」がありそうだね、となった。実際に妻氏はそういうところがある。

山羊座の私は上半期に大変革があるらしい。ほんまか〜?とも思うのだが、2月は性格と生活を改造しまくっているし業務でも変革の予定はあるのでほんまやな、となる。でも、しいたけ.の主張によるとこれまでの十年を捨てるくらいの変革らしい。嫌なことがあったらやだなあ。

 

この日は体調が悪かった。朝からウオオオと仕事をして夜には体力を使い果たす。夕食後にピアノの練習をすると、いつもと違ってテンポが速く、タッチも粗いのに気づいた。疲れてイライラしていたようだ。

2/22(水)顔色に甘えない、占いは意味を与える

「日本人は顔色を読んでばかり」と言ったのは三島由紀夫である。たしかにその通りで、みんな顔色を読みあっているし、私も読まれることを期待している。よく政治で言われる「観測気球」なんかもまさに顔色のことだ。文化的にそうなっているので、やめようにもやめられないと思う。便利なところもなくはないし。

でも、近代的な個人観とか個人の自由さを重んじる立場としては、顔色を読んでもらうのは甘えだよなあ、とも思う。できれば甘えないようにしたい。できる限りはっきりと主張したい。

 

バリバリ仕事をしてヘロヘロになって帰ってきた。ねずみは存命。朝起きたら、夜帰ってきたら死んでるものと思っている。夕食の一汁一菜に入れた鶏肉が甘かった。火を通したはずだが???と思いながらふつうに飲みこんでしまう。

夜はブルアカの最新ストーリーを読んだ。庵野の真似をする割に少し不思議設定や船の説明が文字多めなのが不満だった。そういうシーンを描きたいだけなのだから、ビジュアルで騙してしまえばいいのだ。絵を出せば勢いで説得できる。

 

占いからは日常の出来事を「意味づけ」するキーワードが得られるのだと思う。インターネット的には「もやもやに言語で意味を与える」と言える。みんな「意味」は欲しいはずだ。ストーリーと言ってもよい。そういえば『人はなぜ物語を求めるのか』という本もあった。人は日々の生活の出来事に「もやもや」した状態になる。そこで抽象的なキーワード、解釈を与えて「もやもや」を「意味」に変換し納得する。たぶん納得できたらなんでもよくて、そのために占いが便利なのだと思う*1。納得できるなら星座を偽ってもいい。

ただ、アイロニカルな視点としては「人生に意味はない」とも言える。まあ実際ないのだが、主観としては「ストーリー」を持っていてもいいのではないだろうか。この問題において客観に価値とかないし。

明日は餃子が降りますねえ

2/23(木)鶏肉の呪い

夢のなかで上司が「祝日でも在宅勤務申請がいるんですよ〜」と言ってきた。混乱しながら起きた。

午前は楽譜の印刷と貼り合わせ。トラディショナルな糊を使って楽譜を蛇腹にした。ブルアカ4th PVの曲が気に入ったのでピアノYoutuberの作った楽譜を入手し練習することにした。

昼はスーパーへ買い出し。休日は自炊のやる気が乏しいので巻き寿司を買うことが多い。「お、サーモン巻きがあるじゃん」と手に取ったらいくら巻きだった。ラベル間違えてる。

午後、哲学書を一冊読み切るぞ!と意気込んで読み始めたらお腹が壊れた。昨日の甘い鶏肉は腐っていたのだ。トイレに立てこもり、昼寝をしたら治った。再発防止策として冷凍をすることに。これまでちょっとくらい期限をすぎてもおいしく食べていたのだが、ついに当たりを引いてしまったわけだ。

檜垣立哉の『ドゥルーズ』を読んでいたら抽象化という思考方法が偏微分と似た構造を持つのに気づく。本の内容とはまったく関係ないが、読んでいて着想があった。読書は不思議な体験だ。

2/24(金)AIで生きがいが問題になる

昼寝(大)を二回もする。金曜日はどうしても疲れている。この日はいろいろあって水を飲まずに寝ていたら夜にめちゃくちゃ怠くなった。雨が降っていたのもよくない。冷え性は雨に弱いのだ。この時期の京都は雨が多く曇りがちでやんなるね。

 

AI技術の進歩をみていると、職が奪われる!ではなく人類の奴隷になってくれ!と考える。誰もやりたくないキツい労働をAIにやってほしい。そして食糧・資源コストが安くなってほしい。AIはソフトウェアなので身体を与える必要はあるが、量産化できたならばスケールして安くなる。ロボティクスのほうがボトルネックになるだろう。

食費が安くなると人間の生きがいが問題になる。今の社会でもうなっている、とも言える。というのも、生活コストが安くなると働くモチベーションの維持が難しくなるから。暇は精神を蝕むもので、暇を潰すには才能とか特殊な教育が必要である。AIによってもたらされる危機は人類の暇のほうだと思う。

 

進々堂の柴漬けカレーパンがおいしくなかった……。大人気みたいなPOPがあった気がするのだが微妙である。柴漬けをそのまま入れるのは間違っていて、刻むべきだと思った。食感がよくない。

 

福田恆存『人間の生き方、ものの考え方』を読んだ

次のようなメッセージが書かれていた。よい本である。

  • 現代の日本は混乱しており、原因は言葉にある。人々は自分でも意味のわからぬ言葉を使っている。さらにその原因は明治の急な近代化と敗戦による文化の断絶。近代化は歴史的な必然のようなものだが、文化は急にはついてこない。馴染むのに百年くらいかかる。処方箋は歴史。自分の来歴をよく見ましょう。
  • 人間は本質的に孤独であり、自分のことをよく知っているということもない。だから他者なんてものはまったく理解できない。これをわかった上で、他者一般に適切な距離をとるとよい。人は自分のことを理解していると思いこむから、なんでも他人のせいにするのだ。

*1:negative capabilityは持っておいて留保はしたほうがいい